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1976年、イタリア・セベソにある化学工場で発生したダイオキシンの大規模漏洩事故は、「停止操作ミス」「停止操作ミスの要因となり得る納得感の欠如(説明不足)」「異常時の初動の遅れ」が重なって発生・拡大したものです。
事故の影響は欧州全体の安全政策にまで及び、セベソ指令、バーゼル条約という法制度の制定につながりました。
本記事では、セベソ事故の原因と影響を分かりやすく整理し、日本の製造業が取り組むべき安全管理の視点について解説します。

第1章:セベソ事故とは何か ― 設備と手順に潜んでいた構造的リスク

1976年7月10日、イタリア北部のメダ近郊にあるICMESA社の工場(親会社はロシュ社)で、農薬中間体であるトリクロロフェノールの製造中に深刻な事故が発生しました。
反応釜内の温度が異常に上昇し、その結果、毒性の極めて高い化学物質である2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ダイオキシン(TCDD)が副生成物として発生し、大気中に漏洩しました。

直接の引き金となったのは、反応停止時の操作ミスでした。本来、加熱を停止した後も溶媒の除去を完了し、撹拌と冷却を継続する必要がありましたが、反応混合物が釜内に残留したまま冷却なしで放置されました。
その結果、釜内の温度が200℃以上まで上昇し、TCDDを生成する副反応が加速しました。

さらに、装置内部のスチームトラップに詰まりが発生していたことにより、冷却機構も実質的に機能せず、温度制御の冗長性が失われていました。
事故当時は監視要員が配置されておらず、異常反応の兆候を検知・対応するための人的体制もありませんでした。
最終的に、反応釜の圧力が設計上限を超え、安全弁が作動して外気中へTCDDが放出されました。

この事故は、単なる設備の故障や一時的な判断ミスに起因するものではなく、複数の設計的・組織的問題が同時に顕在化した構造的災害であると評価されています。

特に、加熱系の反応プロセスを扱う工場においては、設備設計と運転手順における「副反応の可能性を前提とした想定力」と「緊急停止時の確実な操作・監視体制」の有無が、安全管理の要点となります。

また、この事故で漏洩したTCDDのような猛毒物質の廃棄・除染対応には、長期間かつ高度な管理が求められました。
セベソ事故のような大規模汚染事例は、国際社会においても化学物質の越境廃棄リスクを問題視するきっかけとなり、
1989年には「有害廃棄物の越境移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約(Basel Convention)」が国連主導で採択されました。
この条約は、有害な化学廃棄物を処分目的で国境を越えて移動する場合の規制と手続きを定め、輸出入には事前の同意と管理体制の整備が義務付けられています。

日本国内でも、バーゼル条約に基づき「特定有害廃棄物等の輸出入等の規制に関する法律」が整備されており、化学製品製造における副生成物や廃液などの処理について、国際的な基準に則った対応が求められています。

第2章:事故の影響と社会的な波紋 ― 住民と企業の信頼崩壊

ダイオキシンの漏洩により、周辺10平方キロメートル以上の地域が化学物質に汚染され、直後から住民への健康被害が報告されました。
健康被害として、20万人を超える奇形児発生などの被害者や30%を超える流産率が確認されています。
環境への影響も深刻で、15万m^2スケールでの処理を必要とする土壌が汚染されました。事故後、I社は、漏洩後数日間にわたって事故の全容やダイオキシンの毒性に関する情報を住民や自治体に開示せず、対応は大きく遅れました。

このようなケースでは、被害そのものの大きさ以上に、「初動の情報開示の遅れ」や「意思決定の不透明さ」が、企業と地域社会との信頼関係を根底から崩すことがあります。
日本国内の製造業においても、情報公開と初動対応の誤りが原因で、取引停止や操業制限といった深刻な経営リスクに発展する事例は後を絶ちません。

第3章:セベソ指令と法制度の進化 ― 規制強化と企業対応の枠組み

セベソでの事故をきっかけに、欧州共同体(現在の欧州連合)では1982年に「セベソ指令」が制定されました。
この指令は、一定量以上の危険物を取り扱う企業に対して、安全管理計画及び事故時計画策定を義務付けるものです。
その後の改定により、1996年の「セベソⅡ指令」、2012年の「セベソⅢ指令」へと進化し、対象物質の追加、報告義務の強化、地域連携の枠組みが整備されてきました。

この法制度の要点は、「事故が起こった際に対応する」のではなく、「事故が起こる前に予測し、防ぐ仕組みを構築する」ことを企業に強く求めている点です。
日本においても、労働安全衛生法や化学物質排出移動量届出制度(PRTR制度)などが導入されており、一定の枠組みは存在しています。
しかし、現場での運用においては帳票提出にとどまり、実効的なリスク低減につながっていないケースも見受けられます。

経営層が果たすべき役割として、以下のような視点が求められます。

  • 工程変更時にリスクアセスメントが確実に実施されているかどうか
  • 現場において異常時に即座に設備停止できる権限設計があるか
  • 夜間や休日であっても、実効性のある対応体制が構築されているか

こうした視点をもとに体制を点検し、属人的な判断に依存しない仕組みを整備することと作業者の納得感を得られるように説明し納得してもらうが、企業の安全と継続性の両立を可能にします。

[記事]化学業界の安全を揺るがした3つの事故(1):フリックスボローの教訓

[記事]化学業界の安全を揺るがした3つの事故(2):インド・ボパールでの化学工場事故

参照

失敗学会

失敗データベース

安全工学(上原陽一)

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